Browsing all articles by 前原 慎吾
3月
9

作業の必要性

3月9日(金)は清掃部の活動に参加させていただきました。この日は気仙沼に来て一番肉体的にハードな日となりました。清掃部は主に民家の瓦礫の片づけや壊れたアパートの解体などの仕事をしています。

活動内容は伐採した竹を軽トラックでがれき置場に持って行くというものでした。竹の量が非常に多く、現場と瓦礫置場を何往復もしました。

写真ではわかりにくいですが大量の竹がありました。

これらをトラックで運びます。

 

瓦礫置場。ここでは種類別にごみが分別されています。

私は、この時、なぜ竹の回収をするのかという疑問を持ちました。確かに竹の回収は必要なことかもしれません。しかし、今回瓦礫置場にあった竹は震災前からもともと同じ場所に生えていて、震災後も変わらない状況のものです。瓦礫の片づけなどの作業は無料で行われるのでそれに乗じて庭の草刈など、震災の被害とは直接的には関係ないと思われる様々な作業を依頼する人がいるそうです。これは非常に難しいことだと感じました。どの作業が必要であるか、そうでないかを判断するのは非常に難しいからです。このような問題についてももっと考えなければならないと感じました。

3月
8

野田村での、或るお店の人との会話

この日は野田村の人に話を聞いてみることにして、村の中を歩き、気になったお店に入ってその人にお話を聞くことにしました。

いくつかのお店でお話を聞きましたが、その中でも僕が一番気になったお店は、野田村にある数少ない衣料品店の「中伊」さんです。

このお店は、震災が発生して、3階建てビルの1階、店舗部分に木材や泥が流れ込み、建物が流されることはなかったものの、とうてい営業はできない状態になってしまったそうです。

 

お店の正面。震災当日は1階部分がまるまる、ゴミで埋まってしまった。中伊

 

服はもちろん売れない状態となってしまい、ラックも海水が原因で錆びついて使えなくなりました。3月11日は入学シーズン直前で、それらの商品が大きい被害を受けてしまい、かなりの苦労があったそうです。

震災当初から、近所に住む人から「早く店を開けてほしい。」と要望がありましたが、お店は何から手を付けたらよいのか分からない状態で、元の状態に戻すのには時間がかかったそうです。それでもボランティアの支援もあり、ゆっくりですがゴミを片づけ、ラックを買い揃え、床や柱の壁紙やガラスを新しいものに取り換えたのち、7月に再オープンの運びとなりました。

 このお店の特徴は、フロアの中央に、大きなテーブルと、椅子が置かれていることです。

 

お店のちょうど真ん中ぐらいのところに置かれているテーブルと椅子。テーブルとイス

 

これらは震災前にはなかったもので、もちろん設置されたのには目的があります。

それは、このお店を単なる買い物の場ではなく、「憩いの場」にしたいから、という思いからです。買い物というより、地域の人とお茶を飲みながら、おしゃべりをする場所。時間つぶしなど、気軽に入ってきて欲しい場所としたかったのです。

このことを話されたとき、お店の方は、とても嬉しそうでした。実際、自分たちがこのお店に来た時も既にひとりの方と談笑をしており、野田村の「憩いの場」として、活用されているようでした。

 

しかしこのお店の方はこうも言っておられました。「道の前の街灯がなく、夕方や夜は暗くて寂しい。これじゃぁ夜、店に来る人はいない。」と。

たしかに、お店の前の道の街灯は数が少なく、ほかに営業している店や民家も少ないので、暗そうだな、という印象を持ちました。これでは人足が遠のくのも分かる気がします。

 

 店の前の道路。人はあまり歩いていません。夜はもっと減るのでしょう。

 

今まで街灯に注目したことはありませんでしたが、改めて新しく整備する道路に街灯の必要性を感じました。

そのためにも、復興計画の策定を急ぐべきだと考えます。野田村に限ったことではないですが、復興計画が決まっていない市町村は少なからずあります。区画整理や高台移転など決めなくてはならない課題は山積していますが、野田村が震災前の活気を取り戻すためにも一刻も早い策定が必要だな、と考えました。

3月
6

新聞スクラップの修繕

旧遠野市役所で遠野文化研究センターが、「三陸文化復興プロジェクト」の一環として行っている、大槌町立図書館で津波にのまれ、泥だらけになった新聞スクラップの洗浄のお手伝いのボランティアに行ってきました。

遠野文化研究センターは、もともと東日本大震災の発生前にその名の通り遠野の文化を研究するために設立された機関だったのですが、震災後は文化の面で復興の手伝いをすることを決め、現在は、 

①全国から寄付されてきた本を仕分けて、被災した小・中学校や図書館に要望のあった本を送る。

②大槌町の図書館に保存されていて津波にのまれて、濡れて泥まみれになった町議会資料、議事録などの重要な資料や新聞のスクラップなど、主に「ここでしか手に入らない貴重なもの」の乾燥・洗浄・修繕

 という、大きく分けて2つの作業に取り組まれています。

 

今回私は、新聞スクラップの泥を落として、新しいスクラップブックに張りなおすという作業のお手伝いをさせていただきました。

 三陸文化復興プロジェクト(献本活動・文化財レスキュー)三陸文化復興プロジェクト

元のスクラップブックと張り替えた新しいスクラップブックスクラップブック

まずスクラップブックから記事を一枚一枚丁寧に剥がし、付着している固まった泥をヘラやハブラシを使ってきれいに落とします。泥は意外と簡単に落とすことができます。

そのあと新しいスクラップブックに記事を張りなおすという単純な作業なのですが、地道で大変な作業でした。やはり一度濡れてしまっているので、ページ同士がくっついていて、1ページとばして張り替えるなどのミスに気を付けなければならないので、かなり神経を使います。

前回のボランティアの方が一冊の3分の1を張り替えられていた分を担当したのですが、約5時間の作業で、やっとその1冊を完成させました。

 

作業が終わった後は、津波で汚れてしまった本の洗浄作業を教えていただいたり、送られてきた本の仕分け方などを詳しく教えてもらいました。

 作業場の様子作業場

 ちなみに、今まで約25万冊の本が全国から送られてきていますが、まだ仕分けられたのは半分ぐらいだそうです。

 

最後に、献本の際の注意事項として遠野文化研究センターの方は、雑誌や百科事典など、情報が古くなってしまう可能性のある本や、文庫本、汚れた本、名前の書いてある本、あまりにも古い本などは受け取ることはできないということ、「いらないからどうぞ」と添えられている本はたいていこちらもいらない本なので、「読んでほしい」と思う本を送っていただきたいということを仰っていました。