3月4日
3月4日、今日から私のふるさと応援隊としての活動がスタートです。
午前6時過ぎに大阪府高槻市の家を出て新幹線を乗り継ぎ、午後2時前に無事に気仙沼に到着しました。初めての東北は予想以上に寒かったです。
気仙沼駅まで気仙沼復興協会の方に迎えに来ていただきました。早速、車で津波の被害が大きかったところの様子を見させていただきました。実際に被災地を見てあまり実感がわかなかったです。がれきはほとんど片づけられており建物の基礎の部分だけが残っている場所が多かったです。
また、全体的に人通りが少なかったです。聞いたところによると、被害の大きかった場所を通っている人はほとんどが私のように外から来た人だそうです。
写真に写っている道は自衛隊の方が土を盛って作った道です。また、ほんの数十メートルの違いで被害を受けたところとそうでないところがありました。地面の水はけが原因だそうです。
左のアパートは一階部分が大きく被害を受けましたが、右の建物は無傷でした。このような被害のあるなしの差が激しい境目がいくつもありました。
一通り回らせていただいた後は宿泊先のお家に上がらせていただきました。今回は気仙沼復興協会の親戚の方の家に滞在させていただきます。よろしくお願いします。泊まらせていただく家は目の前に海が広がり、手前まで津波が来た場所です。
夕ご飯をいただいた後、震災当時の話を聞くことができました。震災から電気と水道が元通りになるには約1か月かかったそうです。
それまではろうそくで明かりを灯していたらしいです。そのろうそくを調達するのも震災後の買い占めがあったため非常に大変だったらしいです。
このほかにも現地の人が撮影した津波の時のビデオを見せていただきました。改めていろいろと震災について考えさせられました。
明日と明後日の二日間は写真の洗浄作業に参加させていただく予定です。今後の活動については、逐次報告していきたいと思っています。
明日から自分ができることを精いっぱい頑張らせていただきたいです。
ぐるてく
3月4日に「ぐるてく」という久慈観光協議会の方が企画されているプロジェクトに参加させてもらいました。「ぐるてく」とは、街中交流観光誘客実践事業です。目的は、街中にお客さんを呼び、まちを歩こうという目的で始まったそうです。参加者は、全国各地のどこの方が来られても良いそうです。ネットやチラシを通して募集をかけているそうです。チラシは、盛岡、八戸、久慈広域で配られているということもあり、地元の方々の参加が多いそうです。地元の方でも「ぐるてく」を通して初めて歩いて、そこの魅力に気づくこともあるそうです。
「ぐるてく」は今年度の8月から開始された企画で、今回が7回目でした。まちを歩くのは変わらないのですが、毎回テーマがありそれに沿ってまちを歩いています。例えば3回目は山登り、6回目では親子で楽しむことを目的とし、親子で久慈市内を歩きながらチェックポイントにいき、言葉を見つけていき最終的には一つの言葉にするといったゲーム感覚でできる企画です。このようにいろいろな企画を交えて、「ぐるてく」は行われています。
今回は6.2kmを歩き、みんなで自分の歩数を予想するゲームを交えながらやりました。年齢制限がなかったので、小さい子供も参加していました。
そんな中、参加者の方に東日本大震災のお話を聞かせていただきました。久慈駅からだいぶ離れたところにマクドナルドがありましたが、震災後は営業停止となりなくなってしまいました。このマクドナルドが市の唯一のマクドナルドだったのですが、被災してしまい機械が使えなくなり、完全に撤退してしまったそうです。周辺にはスーパーなどもあるのですがそこは大丈夫で、普通に営業していました。やはり波がくる少しの角度の違いが、こういった差を生んでいると改めて感じました。
「ぐるてく」に参加したことで、また地域の方と交流でき、震災の話やたわいもない話ができてすごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎていきました。今年度は今回が最後だそうです。来年度はまだ続けるか未定だそうです。できれば私は来年度も続いていたらと思います。来年度もやることで、一人でも多くの方に参加してもらい、もっと地元の方自身に久慈の魅力を気づいてほしいからです。
久慈の魅力の一つとして、琥珀博物館があります。琥珀博物館は駅からすごく遠いですが、施設はすごく充実しています。琥珀の採掘体験ができたり、実際に琥珀を掘った穴を見学できます。
ほかにも久慈には美味しい食べ物や温泉などがあります。駅前の大判小判というアンテナショップに売っている野田塩アイスは、濃厚でかつ塩の味がほのかにして、またミルクの味を引き立てています。このように久慈に眠っている素晴らしい観光資源をもっと見つけたいです。
ぐるてく終了後に4人で撮影
3.11に向けて 陸前高田市 上長部
3月1日からの3日間、私たち遠野組先発隊の4人は陸前高田市気仙沼町上長部にてスギの木の皮むきのボランティアに参加しました。私たちがお手伝いをした場所は海から約400~500mの所にあり、今回の東日本大震災の津波による影響でスギの木が海水に浸かってしまったほか、海岸付近にある魚の加工工場自体が流されたため冷凍してあったサンマや鮭・イクラのパックなど約8万トンにも及ぶ魚がこの地に大量に流されました。
NPO法人遠野まごころネットは4月の中旬頃からここの復興活動を始めたそうです。時期が春頃だったため、陸に流された魚が腐り始めたことと悪臭から虫が湧き、復興活動を始動した当時はとても大変だったと言います。瓦礫の撤去作業よりも先に魚を撤去することから始めたそうです。この魚の撤去作業は5月6日まで行われました。その後、瓦礫の撤去作業に移るも瓦礫の下にはまだまだ流された魚がたくさん残っていました。全ての撤去作業が完了したのが7月頃だったのだそうです。夏場の悪臭はさらに酷く、嘔吐する方も中にはいらっしゃったのだとか。このお話から震災当時の過酷さがひしひしと伝わってきます。
私達応援隊は、海水に浸かったスギの木の皮をむくことで木に虫が入り、腐るのを予防し木を再び使用できる状態に戻すというお手伝いをしました。そして再生したこの木で現地のおじちゃん達が製材所を作るという作業を今現在同時進行で行っています。2月21日から始まった三陸の復興を見つめる巡礼の旅・三閉伊ウォークでは、三陸沿岸約300キロを徒歩で進み、震災からちょうど一年となる3月11日に3隊長がここ上長部に向かいゴールを目指しています!それに備え急ピッチで作業を進めている最中です。
3月11日完成予定の製材所
一緒にボランティアをする方々は老若男女問わず、国籍問わずさまざまな方々と共に復興作業のお手伝いをしました。皆さん気さくな方ばかりで作業をしながらも少し会話をするだけですぐに打ち解け、作業場では話がついつい弾みます。お昼休みには毎日「おがさんの会」という地元の方達が汁物を作って下さったり、「ゆべし」や「がんづき」など地元の名物料理も振る舞って下さいました。3日のひな祭りには菱餅まで頂きました。私達はそのお礼にと毎回お賽銭をボックスの中に入れ、「おがさんの会」ではそのお金で食材を買ったりしているそうです。
「おがさんの会」より頂いた菱餅
ボランティアを始めて3日目ですが、毎日さまざまな人との出会いがあり、ふれあえることが何より私自身を刺激し、新しい何かを得た気持ちがして凄く楽しいですし、私たちが皮むきをした木で製材所が作られていると思うととてもやりがいを感じます。またボランティアに参加されている皆さん、現地の方々共にとても心優しい方ばかりで、すれ違えば交わす気持ちの良い挨拶、ちょっとした心遣いがとても新鮮であたたかいです。私に出来ることはこのブログやtwitterを通じ、現地の「今」をお伝えすること。現地の方に少しでも恩返し出来るようこれからも精一杯頑張ります!
久慈における公共交通機関
久慈広域観光協議会主催のウォーキングイベント「ぐるてく」に参加させて頂きました。お年寄りとそのお孫さんが主に参加されていましたが、約6.2kmの距離を歩くなかで色々な話をしました。そんな中で出てきたのが、昨日開通記念映像の撮影にも参加させて頂いた三陸鉄道の話です。
三陸鉄道は震災の影響で北リアス線は久慈駅―陸中野田駅間、小本駅―宮古駅間が運行していて、他の区間は運休している状況でしたが、この4月から久慈駅から田野畑駅まで延伸します。三陸鉄道は震災前からずっと赤字が続いており行政からの援助を受けています。
久慈に限ったことではありませんが地方では車移動が基本でありほとんどの人が自動車免許を所持しています。そのことから学生やお年寄りといった交通弱者を除けばほとんど電車に乗ることはないそうです。
そのような状況を受け、三陸鉄道と三陸鉄道を支援する団体では、沿線地域住民の三陸鉄道に対するマイレール意識の高揚とその利用促進を図るため、マイレール三鉄・沿線地域30万人運動として、「年に1度は三陸鉄道に乗りましょう」という活動を行っています。
車移動が基本な状況は三陸鉄道のみならず公共交通機関全般の本数を減らします。バスも現在久慈で洋野町方面に運行しているのは市バスのみです。地元の人はみんな車を所持し運転して移動しますが、よそから来た私たちや観光客はおおむね公共交通機関を利用しようとします。
しかしそれが使えないとなるとタクシーを使わざるを得なくなり予算がかさみます。そうなると観光で行こうかなという気持ちがくじかれる人もいるでしょう。
よそから来る人が少ないため公共交通機関が廃れるのか、公共交通機関が少ないためよそから来る人が少なくなるのか、どちらが先と言うことはできませんが人を呼ぶには目玉となるモノだけではどうにもならない部分があるのだと実感させられました。
三陸鉄道に関しては個人的に興味があることもあり、
より詳しく情報収集をして改めて別記事を書きたいと思います。
ボランティア、はじめの一歩
遠野滞在4日目。この日からついに遠野まごころネットワークさんの元でボランティア活動を行うことになりました!遠野での記念すべき初ボランティアです!まごころネットワークが拠点にしている遠野市浄化センターに向かいました。
午前7時40分。浄化センターに着くとたくさんのボランティアの方がいました。はじめにラジオ体操を行いました。まごころネットワークでは朝、全員でラジオ体操を行うことから始まります。ラジオ体操をするのはとても久しぶりのことだったのでとても新鮮でした♪次に朝礼があり、その日の注意や連絡を行った後、それぞれのボランティアの行き先ごとに分かれてボランティアを行う準備をし、それぞれの現場へと向かいました。
僕達は1日目、陸前高田市の長部町に向かい杉の木の皮を剥ぐお手伝いをするボランティアに参加しました。この杉は津波によって枯れてしまった木で、これを利用して製材所を作られるそうです。僕は夏休みにあった1回目の被災地に学ぶプロジェクトを参加した際にもボランティアを行ったのですが、その時は心のケアのボランティアであったこともあり、力作業のようなハード面のボランティアをするのが初めてだったのでとても楽しみでした。
現場に着くと現地の大工さん達が作業していました。まず2つのグループに分かれた後、この日のエリアリーダーであったニューヨーク出身のピーターさんに作業の説明と注意を受け、作業を開始しました皮を剥ぐ道具は鉈とかんなを使い、グループごとに木の皮を剥いでいきました。
作業中の様子です。
木の皮を剥ぐのが初めてということもあり、はじめはなかなかうまく剥がせませんでした。でもコツを掴んでくるとスイスイと剥げるようになり、作業が楽しくなっていきました。木の中には皮が剥ぎにくいものがあったり、木の節を取り除かなければならないものがあったので苦労しました。作業をしていくうちに少しずつ他のボランティアの人と話すようになり、いろんな話をしたり聞けたり出来ました。ボランティアの人達はみなさん出身地はバラバラ。滋賀、札幌、東京、千葉、ポルトガル、フランス、アイルランド・・・などなど。年齢や職業もバラバラ。学生、会社員、定年退職された方、元外交官のパワフルおばあちゃん・・・などなど。本当に老若男女いろんな人がいて本当にびっくりしました。もしこのボランティアに参加してなかったらこんな繋がりや接点が無かったのだと思うとボランティアと言うのはすごいものだなと思いました。
いろんな人に出会い、喋り、仲良くなる。これもボランティアの醍醐味なんだなと思いました。どのボランティアの人達も本当に気さくでたくさんコミュニケーションをとることが出来、すぐに仲良くなれました。とても嬉しかったです。ボランティアの人の中には上記でも挙げたように外国から来られている方もいました。日本語を分かる方や通訳の方もいましたが、いざ作業となると英語で会話しないといけない場面もあります。上手く自分の言いたいことを伝えられなかったこともあり悔しかったです。 ボランティアで英語の必要性を感じることになるとは…リベンジしたいです。
お昼の休憩時間。現地のおかあさん方が作ってくれた豚汁をいただきました。
美味しかったです!寒い土地では暖かい食べ物が体にも心にも染み渡ります。
そして岩手の伝統的なお菓子である「がんづき」と「ゆべし」をいただきました。
初めて食べたのですが、どの味も食べやすく美味しかったです!!昼食後、作業が始まるまで大工の方達とも会話したり、グランドゴルフをしたりしました。楽しかったです♪大工の方達も気さくで優しかったです。
午後からも作業の続きを行い、その日のボランティアは終了しました。
最後に皆で集合写真を撮りました。
とても有意義で楽しいボランティアになって本当に良かったと思いました。自分の行った作業が少しでも誰かの役に立ってくれるとうれしいです。遠野での初めてのボランティアを終えて思ったことは、ボランティアは仕事もコミュニケーションも自分から進んで行動することが大切だということです。自分から進んで何かをしようとすればそれだけ多くのものを得たり、学べたり、出会えるのだと思いました。そして謙虚な心をいつでも忘れないことも大切だなと思いました。これからもいろんなボランティアを行うと思いますが、今日が遠野でボランティアをはじめた第1歩。今日学んだり感じたことを忘れず最後まで頑張っていこうと思います!












