梅木陽亮の投稿一覧
3月
15

人のために、誰かのために

私達は、3月15日、大槌町に3月6日に開店した「あかはまチロリン村ぽんた」さんというカフェに、開店に至る過程のお話を伺ってきました。そのお店は、大槌の津波にさらわれた住宅街の中に建てられているのですが、初めて見たときからそのカフェがどのようにして生まれたのかがずっと気になっていました。

(写真1)あかはまチロリン村ぽんた

店主の岡本カツ子さんは、とても気さくな方で、いろいろな話をしてくれます。 被災した時の話、その時の波が襲ってくる様子、救助された時の話、そんな思い出したくないような話を私たちに聞かせてくれるのです。岡本さんは11時ごろにボランティアの方が作業を一段落させた時間に開店し、ボランティアの方にコーヒーを出してくださります。 僕らは、そのカフェが開店する少し前にお話をうかがいに行きました。

その岡本さんのお話は非常に考えさせられるものでした。 震災前、今のぽんたが立っている場所には岡本さんの家と一緒にカフェのお店が建っていたそうです。そこは、地域の皆さんに愛されたお店だったそうです。 しかし、震災で何もかもを持っていかれてしまいました。家、お店、車、ペットの猫まで失って途方に暮れていたとき、姪っ子さんの一言が彼女を救ってくれたというのです。 「ここで折れたらいかんよ!」という、姪っ子さんのその言葉に叱咤激励された岡本さんは、もう一度お店を開くことを決意されたそうです。しかし、ゼロからもう一度やり直すことは簡単ではありませんでした。 何しろ、何もかも流されて何一つ残ってないのです。 そんなときに姪っ子さんがボランティアの皆さんに声をかけてボランティアのみなさんを集めてくれたそうです。そのボランティアの方々は、資材を周りの工場などからかき集めてきてくれたのです。さらにお話をうかがっていると、ボランティアの方々が仮設に使うドアを取り付けてくれたり、お店を立てるのをすべて手伝ってくれたそうなのです。 「ボランティアさんに助けていただいて、ドア、外装、シンクまですべて作ってくれたんですよ。本当に感謝しています。」 と岡本さんはおっしゃいました。

 

しかし、「ぽんた」さんを助けてくれたのはボランティアで来ている方ばかりではありませんでした。 僕たちがお話を伺いに行った前日は、オーストリア大使館の方が来て、ストーブをセッティングしてくれたと喜んでおられました。

「お代はいらないから、ほんとに気持ちだけでいいのよ。あなた方に商売するつもりじゃないのよ。」とおっしゃる岡本さんは、岡本さん自身がボランティアの方にしていただいた分の恩返しがしたいというお気もちでお店に出られるそうです。 一軒の小さなカフェですが私には、復興への大きく、とても大切な一歩のように感じました。 これからも、ボランティアさんや地域の人たちに親しまれるカフェであってほしいと思います。

(写真2)岡本さんと

 

さて私たちはこの2週間で、仮設住宅を訪れたりお話を聞くことで震災後、仮設から出ずにずっと人とのかかわりを避けて暮らしている方々がいることを知りました。その方たちは、震災で受けた心の傷が今なお強く残り、心を閉ざしてしまった方たちだと思います。 しかし、岡本さんのようにあるきっかけから立ち直って、しっかりと前を向いていらっしゃる方もいることに私たちは驚きました。 ご自分も大変なのに、誰かのために何かをしたいと考えていらっしゃる岡本さんはこの先の復興において非常に大切なものを手に入れていらっしゃると感じました。それは「自分のことだけでなく、人のため、誰かのため」という思いだと思います。 そんな思いを、一人でも多くの方が持てるようになってほしいと思います。

3月
9

「ボランティア」としてやるべきことは…

遠野に入って5日が経った僕ら後発隊。天候も僕らを迎えてくれたかの様な、ほとんど0度を下回らない温かい日が続いています。

この数日間は非常に濃い日々でした。

 

それは3月4日、行きの電車から始まりました。同じ電車に乗っていた女性の方に声をかけられたのです。釜石市にお住いの、学校の先生なのですが、子供たちの心のケアに携わってらっしゃる方でした。本当に出会いは偶然からだと思い、いろいろとお話を聞かせていただきました。子供たちに、真ん中に自分の顔を書いて、自分の周りの人やペットや、建物、自分にかかわると思うものすべての繋がりを書いてください、という質問をしたプリントを見せていただいたところ、震災前のプリントは、子供たちは皆思い思いに自分の顔を書いて、その周りには繋がりとして、「パパ」「ママ」「お兄ちゃん」など家族や、友人、ペット、さらには、近くのコンビニまでしっかりと書いていました。

しかし震災後の繋がりは、多くても「パパ」か「ママ」のどちらか、もしくは何も繋がりを書かない子供、そのうえ自分の顔すら描かない子供が大勢いました。その子供たちは、今何が欲しいかと尋ねられると、「なにもいらない」と答えるのだそうです。

 

この女性の方はこういった子供たちの心をどうすれば救えるのか、笑顔にできるのかをずっと考えていらっしゃる方で、そしてそのことを時間の許す限り、詳しくお話ししてくださいました。まだ、ボイスレコーダーを持っていなかったのですが、そのお話は忘れることのない衝撃的なものとして強く印象に残りました。電車に乗っている短い時間でしたが、子供達の心を救うにはどんなことが必要なのか、ということを考えさせられた時間でした。

その後3月7日、僕らは大槌町で宅地跡の清掃のボランティアに参加しました。大槌町はいまだがれきだらけで、建物の基礎がそこら中に残っている状態でした。

私たちの仕事は、その建物の敷地内に積もったがれきや土を掘りだし、きれいにすること。この日も60人近いボランティアが参加していました。大槌は釜石に比べ、比較的作業が進んでいるそうです。

写真① [作業の様子①]

写真② [作業の様子②]

このボランティア中、たくさんの地元の方に出会いました。その誰もが明るく挨拶してくれました。それは、小学生も同じでした。その明るい笑顔を見て、遠野に来るまでの電車で聞かせていただいたことを思い出しました。この子たちのように、心に傷を負った子達が明るく笑えるように、今、何ができるのか。すごく難しい課題だと感じました。

 

最後に、復興の第一歩を見つけました。津波に襲われた何もない街に、つい最近オープンしたファミリーマートです。

これがこれからの復興の先駆けとなってくれることを願います。

写真③ [ファミリーマート]