森脇杏莉の投稿一覧
4月
4

道の駅おおののあり方

道の駅おおのは、JR久慈駅からバスで40分ぐらいのところにあります。

(写真1)

ここは、道の駅といっても、すごく大きな施設です。宿泊施設や天文台や馬やアヒル、羊などの動物と触れ合うことができます。また一番の特徴は、木工房、陶芸工房、ガラス工房、裂き織り工房といった体験施設が充実していることです。よく小学校などの遠足などで利用されることも多いそうです。 木工体験では、コースターやスプーンなどを木材で作る体験ができます。

(写真2)

大野木工とは、原木の木からお皿やお箸などの食器を手作りで職人さんが作られています。大野木工で作られた食器は、保育園などの給食の器として導入されており、盛岡では約3割の保育園が導入しているそうです。やはり木からできているため、落としても割れないので、安心して利用できます。私は、実際に木工食器を見せていただいて、すごく木の温もりを感じました。また一つ一つ手作りのため、木目が違っていたりして同じものはありません。だからこそ、一つ作るのにも大変で、職人さんにしかできない技だなと感じました。 裂き織り体験では、昔話の鶴の恩返しで出てきたようなはたおり機を使うことができます。なかなかできない体験だと感じました。裂き織りは大野に受け継がれてきた暮らしの知恵の一つで、古布をひものように裂いたものを横糸にして、織り直す織り方です。職人さんだと、かばんを織ったりしておられるそうです。 このような大野伝統の技術を生かした、体験施設を利用して人を呼んでいます。  またおおのは、「一人一芸の里」としても知られています。なぜ「一人一芸の里」と言われているのかと言うと、この道の駅おおののある洋野町では、一次産業が農業でした。しかし農業ではなかなか食べていけないため、都市部に移駐する人が多かった。そこで地域おこしをと「一人一芸の里」が掲げられ、一人に一つ何か芸を持とうと提案されたそうです。

 

そのひとつが、大野木工です。そして一人一芸をもち、そこから地域づくり、村づくりとして、大野木工や裂き織りを行い、またそれを観光客に体験してもらうことで商品化しようと体験施設がたてられました。体験を含めて産業化していこうとしているそうです。  体験施設だけでなく、産直があり地元の美味しいものもそろっていますし、なんと言っても名物の赤鳥ラーメンは最高に美味しかったです。

(写真3)

やはり冬にもっと楽しめるイベントを企画したりすることで、来客者も増やせると感じました。  しかしお客さんに来てもらうといっても、おおのは山の中ですし、車やバスなどが必要になります。しかしバスの本数が非常に少なく、土日はJR久慈駅からは一日に2本ぐらいしかありません。やはりまずは、交通面を改善すべきです。せめて土日だけでもシャトルバスを運行するなどの対策が必要です。

3月
17

野田村の人と人とのつながり

野田村はメインの通りが被災しており、仮設住宅も三か所に分けて作られています。私が訪れた仮設住宅の集会所では、5人の方がさをり織でコースターを作っておられました。

仮設の方が作られていたコースターコースター

これは売り上げの一部が、この作っている方々の利益になります。また、さをり織は青森の伝統のもので、さをり織をしている会社からの支援で、さをり織を教えてもらい、作られているそうです。みなさん丁寧に作られていて、前向きに楽しみながら作業されていました。

お昼には、最近仮設店舗にオープンした「十府ヶ浦食堂」に行きました。このお店は震災前、海岸沿いにあったためお店は流されたため、この仮設店舗に移られ、再開されたそうです。磯ラーメンを食べました。あっさりとしていて、塩ベースなので塩の味が効いていて、すごく美味しかったです。関西では絶対に食べられない味だと思いました。

磯ラーメン磯ラーメン

また米田さんという方が作られている豆腐もいただいたのですが、ふわふわで豆腐自体にすごく味があり、醤油なしでも美味しくいただけます。米田さんも震災によって、工場が被災し今は仮設店舗でとうふを作ったり、田楽を作ったりしておられます。

それからお顔見知りになった方にご一緒させていただき、キルトのお披露目に参加させていただきました。キルトは被災した方々が集まってみなさんで、分担して作られたものです。

キルト会のみなさんで作られたキルトキルト

このキルトは弘前から先生が来られて、教えてもらいながら作られたそうです。一つ一つ丁寧に縫われていて、とても素人の方が作ったようには思えませんでした。

私は支援というのは被災直後に食べ物や日用品を送ったり、瓦礫の撤去などのイメージが強かったです。しかし今回野田村に入り、被災後の復興中の過程を知りました。そのなかで弘前からキルトの先生が来て、被災した方にその技術を提供するといった支援は想像もつかないことでした。やはり被災してから時間が経つにつれて物資を送るとかではなく、被災者の方たちが自ら行動するための手助けとして技術者や指導者が必要なのだと思いました。

また、村自体の人と人とのつながりの深さに感激しました。野田村の米田地区では被災当初公会堂に避難していたそうです。すると被災していない山沿いの地域の方が、あるものを持ち寄りみんなにふるまったそうです。やはり人と人とのつながりが深いからできることであり、例えば大阪のように、その地区の人たち同士が顔も知らない人がいる環境ではできないことではないかと考えます。

 

 

3月
4

ぐるてく

3月4日に「ぐるてく」という久慈観光協議会の方が企画されているプロジェクトに参加させてもらいました。「ぐるてく」とは、街中交流観光誘客実践事業です。目的は、街中にお客さんを呼び、まちを歩こうという目的で始まったそうです。参加者は、全国各地のどこの方が来られても良いそうです。ネットやチラシを通して募集をかけているそうです。チラシは、盛岡、八戸、久慈広域で配られているということもあり、地元の方々の参加が多いそうです。地元の方でも「ぐるてく」を通して初めて歩いて、そこの魅力に気づくこともあるそうです。

 「ぐるてく」は今年度の8月から開始された企画で、今回が7回目でした。まちを歩くのは変わらないのですが、毎回テーマがありそれに沿ってまちを歩いています。例えば3回目は山登り、6回目では親子で楽しむことを目的とし、親子で久慈市内を歩きながらチェックポイントにいき、言葉を見つけていき最終的には一つの言葉にするといったゲーム感覚でできる企画です。このようにいろいろな企画を交えて、「ぐるてく」は行われています。

今回は6.2kmを歩き、みんなで自分の歩数を予想するゲームを交えながらやりました。年齢制限がなかったので、小さい子供も参加していました。

そんな中、参加者の方に東日本大震災のお話を聞かせていただきました。久慈駅からだいぶ離れたところにマクドナルドがありましたが、震災後は営業停止となりなくなってしまいました。このマクドナルドが市の唯一のマクドナルドだったのですが、被災してしまい機械が使えなくなり、完全に撤退してしまったそうです。周辺にはスーパーなどもあるのですがそこは大丈夫で、普通に営業していました。やはり波がくる少しの角度の違いが、こういった差を生んでいると改めて感じました。

「ぐるてく」に参加したことで、また地域の方と交流でき、震災の話やたわいもない話ができてすごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎていきました。今年度は今回が最後だそうです。来年度はまだ続けるか未定だそうです。できれば私は来年度も続いていたらと思います。来年度もやることで、一人でも多くの方に参加してもらい、もっと地元の方自身に久慈の魅力を気づいてほしいからです。

久慈の魅力の一つとして、琥珀博物館があります。琥珀博物館は駅からすごく遠いですが、施設はすごく充実しています。琥珀の採掘体験ができたり、実際に琥珀を掘った穴を見学できます。

ほかにも久慈には美味しい食べ物や温泉などがあります。駅前の大判小判というアンテナショップに売っている野田塩アイスは、濃厚でかつ塩の味がほのかにして、またミルクの味を引き立てています。このように久慈に眠っている素晴らしい観光資源をもっと見つけたいです。

ぐるてく終了後に4人で撮影ぐるてく

野田塩アイス塩アイス

3月
2

3月2日~お昼ご飯・道の駅~

今日は洋野町にある喜利屋というお店で昼食をとりました。洋野町は漁業で有名で、特にもぐり漁が盛んです。ウニやアワビやホヤといったものが養殖されています。洋野ではチリ地震の津波で死者が多数出ており、そこから対策をとっていたことや津波の教育をしっかりしていたおかげもあり、今回の東日本大震災では被害も比較的小さかったそうです。だからもぐり漁はもう再開されているそうです。

そこで、みんなでホヤの刺身をいただきました。みんなホヤを食べたのは初めてでした。ホヤは海水の味が強く、噛んでいくと苦みが出てきます。塩辛さはすごく好みだったのですが、あの噛んでいくほどに増していく、渋みはちょっと苦手だなと思いました。地元でもちょこちょこ苦手な方がいらっしゃると聞きましたが、名物になっているということは好きな方にはきっとたまらないのでしょう。

ホヤのお刺身ホヤの刺身

私はホヤの刺身といくら重をいただきました。とれたてなので普段食べているいくらより甘みがあり、すごく口のなかでプチプチとはじけました。本当においしかったです。これからもっと本格的に漁業が復興していくことで多くの方に新鮮な海産物を提供することができ、それを求めて人が来てくれることによって観光業ももっと発達していくと思いました。

また移動の途中に産地ふれあい広場センターという、地元でとれた野菜やお魚また地元の方が作っておられる郷土料理が売っていました。ここは地元の方も多く利用されていました。魚は、頭や内臓をとって日干しされていました。やはり魚が新鮮にとれる洋野町だからできることだと感じました。

もう一つは三陸鉄道の野田駅にある道の駅に行きました。ここでソフトクリームをいただきました。このソフトクリームは野田の特産品である野田塩と、ゆめ牛乳を使っています。特に夏には人気だそうです。濃厚でクリーミなのにさっぱりしていておいしかったです。野田塩は昔作られていたものが、規制を受け中止していたのを貫牛さんの提案でまた作られるようになったそうです。また郷土料理である田楽と串もちをいただきました。みその風味が香ばしくて、すごく美味しかったです。

田楽と串もちをいただきました田楽と串もち

たくさんの美味しいものに出会えました。これを一つの観光要素に取り入れ、グルメツアーを組んで観光客に来てもらうことで雇用も生まれ、また観光客の方は東日本大震災の怖さを実感できると思います。

 

 

 

2月
29

復興への大きな一歩 復興食堂

今日はお昼に大槌町にある復興食堂に行きました。

<写真1>復興食堂の入り口

復興食堂

 

私は、大槌名物の鮭とイクラをふんだんに使った、おらが丼をいただきました。新鮮なので、すごく美味しかったです。

<写真2>実際に私が食べたおらが丼(おれらの丼)

おらが丼

 

そこでこの食堂を立ち上げた、一般社団法人「おらが大槌夢広場」の小川さんに話を伺いました。この法人では、研修ツアーや企業から派遣された方の案内役をされているそうです。また小川さんは以前、住宅関連のお仕事をされて、東日本大震災を機にこの食堂を立ち上げられました。

今この土地には建物が建てられないそうです。なぜなら復興計画がまだ決められていないそうです。まだ行政が追いついていない象徴だと思いました。でも私が夏に大槌町に行ったときには、復興食堂はなく、町の大きなショッピングモールが被災して悲惨な状況でした。しかし今日行ってみると、そのショッピングモールは再開され、実際に買い物をすることができました。また通り道には仮設のコンビニなどもあり、復興が進んでいることを実感でき本当に感激しました。大槌町に入った瞬間、復興の兆しを感じとれ、喜びでいっぱいでした。地域の方も前向きに進んでいることがわかり、あの津波を経験しても、またここに住みたいと言っておられました。復興食堂の方はみなさん笑顔で、あたたかい方ばかりでした。私は全力で応援したいと思います。

この食堂には復興支援として、浜のミサンガやチョコボを販売しています。これをもっと販売範囲を広げることや、多くの方に知って貰うことで大槌を知り、大槌町の復興につながると私は考えます。