気仙沼班
3月
9

作業の必要性

3月9日(金)は清掃部の活動に参加させていただきました。この日は気仙沼に来て一番肉体的にハードな日となりました。清掃部は主に民家の瓦礫の片づけや壊れたアパートの解体などの仕事をしています。

活動内容は伐採した竹を軽トラックでがれき置場に持って行くというものでした。竹の量が非常に多く、現場と瓦礫置場を何往復もしました。

写真ではわかりにくいですが大量の竹がありました。

これらをトラックで運びます。

 

瓦礫置場。ここでは種類別にごみが分別されています。

私は、この時、なぜ竹の回収をするのかという疑問を持ちました。確かに竹の回収は必要なことかもしれません。しかし、今回瓦礫置場にあった竹は震災前からもともと同じ場所に生えていて、震災後も変わらない状況のものです。瓦礫の片づけなどの作業は無料で行われるのでそれに乗じて庭の草刈など、震災の被害とは直接的には関係ないと思われる様々な作業を依頼する人がいるそうです。これは非常に難しいことだと感じました。どの作業が必要であるか、そうでないかを判断するのは非常に難しいからです。このような問題についてももっと考えなければならないと感じました。

3月
8

仮設住宅へのパフォーマンス

今日は気仙沼復興協会での福祉部での二日目の活動でした。

今日は昨日に引き続き、仮設住宅でのお茶会に参加させていただきました。お茶会とは仮設住宅の集会所で住民の方々とお茶を飲み、いろいろなお話をする会のことです。そこでは震災のことはもちろん、普段の趣味についてなど震災とは違ったお話などもします。お茶会で会話をすることは住民の方々の心の健康のために非常に重要な役割をします。また、仮設住宅では知らない人同士が同じ建物で暮らしていることもあるので、お茶会は住民同士の交流の場としても非常に大切なものだと感じました。

お茶会

お茶会

今日は県外から来られた方によってパフォーマンスが行われ、有名グループのコーラスや大道芸の方のパントマイムなどが披露されました。パフォーマンスはパントマイムでは住民の方も一緒に参加し、コーラスではみんなで声を出したりして一体感を感じられるもので、個人的にも観ていて非常に面白かったです。パフォーマンス中は終始笑い声が絶えなかったです。中にはおなかが痛くなるくらい笑ったという方もいました。このように心から笑うということは仮設住宅で生活していくうえで非常に重要なことなのだと思いました。住民の方々が心笑っている姿を見て心が和みました。このような企画を手伝わせていただいて本当によかったと思いました

この二日間福祉部で活動させていただいて、住民の方々の声を聞くことができました。最も印象的だったことは高台への集団移転についてです。今後再び来るかもしれない津波に備え、高台へ移転することは防災の面においては非常に重要なことです。しかし、自分が住んでいた場所を離れたくないから、高台への移転に反対する人も居ます。故郷を離れたくないという気持ちは理屈では言い表せないものだと思いました。私も故郷が大好きで自分にとって一番心が落ち着く場所であるため、非常に考えさせられました。

福祉部のみなさん、二日間本当にありがとうございました。

3月
5

活動スタート

3月5日、今日から本格的に活動がスタートです。起きたら雪が積もっていました。昨日に比べてかなり寒かったのでこれでもかというくらい着こんで宿泊先を出発しました。朝は気仙沼復興協会に行って朝礼で自己紹介をしました。これから一週間よろしくお願いします。

午前9時から活動がスタートしました。午前中は清掃班の方々の活動に参加させていました。活動内容は雪かきでした。岡山県南部で生まれて現在大阪で暮らしている私は雪とは無縁で、生まれて初めて雪かきをしました。3月の終わりの雪は非常に重たく予想以上に疲れました。また作業中は雨がずっと降り続けていました。雪国で暮らしていくことの大変さを少し理解できたような気がします。また、活動の途中で、船が座礁した現場に寄っていただきました。改めて津波のすさまじさを感じました。住民の方からは、震災を思い出すから撤去してほしいという意見と、震災の被害を後に伝えていくために公園にしてほしいという意見に分かれているそうです。どちらが正しいかとか簡単に決められない難しい問題だと思いました。

 

午後からは写真班の活動に参加させていただきました。ここでは、廃校になった小学校の校舎を利用して津波で流された写真の洗浄、保存を行っています。また、トロフィーや盾などの写真以外のものも置いています。洗浄の目的は、写真を洗浄して綺麗にすることによって持ち主の方が自分の写真を探しやすくして、持ち主に写真を返すことです。また、洗浄して写真についているバクテリアを洗い流すことによって写真の耐久年数を長くすることもできます。

実際に写真の洗浄を手伝わせていただきました。

発見された写真はアルバムごとに分けられます。そしてぬるま湯につけて手洗いをします。この時、写っている方の顔が消えてしまわないように注意します。洗い終わった写真は乾燥機にかけられます。

そして、乾燥した写真はスキャンされて、最後はアルバムごとに分けられて保存されます。

また、持ち主の方が自分の写真を探す方法はいくつかあります。

一つ目は、発見された写真は校舎に地域ごとに置かれているのでそこで探すという方法です。しかし津波によってかなりの距離を流された写真も多いそうです。二つ目は顔認証によって探す方法です。洗浄された写真はスキャンされているので顔認証によって自分に似た写真を探します。三つ目は分類によってコンピュータで検索して探します。ピアノの発表会や記念写真など、いくつかの分類によって検索して探すという方法です。この方法は、写真を探しに来た方にパソコンの使用方法を教えたりするので、コミュニケーションを取りやすいというメリットもあります。

 

今日1日で多くの体験をさせていただきました。残りの日数も少しでも多くのことを体験し学んでいきたいと考えています。明日以降の活動も逐次報告していきたいです。

3月
4

3月4日

3月4日、今日から私のふるさと応援隊としての活動がスタートです。

午前6時過ぎに大阪府高槻市の家を出て新幹線を乗り継ぎ、午後2時前に無事に気仙沼に到着しました。初めての東北は予想以上に寒かったです。

気仙沼駅まで気仙沼復興協会の方に迎えに来ていただきました。早速、車で津波の被害が大きかったところの様子を見させていただきました。実際に被災地を見てあまり実感がわかなかったです。がれきはほとんど片づけられており建物の基礎の部分だけが残っている場所が多かったです。

また、全体的に人通りが少なかったです。聞いたところによると、被害の大きかった場所を通っている人はほとんどが私のように外から来た人だそうです。

写真に写っている道は自衛隊の方が土を盛って作った道です。また、ほんの数十メートルの違いで被害を受けたところとそうでないところがありました。地面の水はけが原因だそうです。

 

 

左のアパートは一階部分が大きく被害を受けましたが、右の建物は無傷でした。このような被害のあるなしの差が激しい境目がいくつもありました。

一通り回らせていただいた後は宿泊先のお家に上がらせていただきました。今回は気仙沼復興協会の親戚の方の家に滞在させていただきます。よろしくお願いします。泊まらせていただく家は目の前に海が広がり、手前まで津波が来た場所です。

夕ご飯をいただいた後、震災当時の話を聞くことができました。震災から電気と水道が元通りになるには約1か月かかったそうです。

それまではろうそくで明かりを灯していたらしいです。そのろうそくを調達するのも震災後の買い占めがあったため非常に大変だったらしいです。

 

このほかにも現地の人が撮影した津波の時のビデオを見せていただきました。改めていろいろと震災について考えさせられました。

明日と明後日の二日間は写真の洗浄作業に参加させていただく予定です。今後の活動については、逐次報告していきたいと思っています。

明日から自分ができることを精いっぱい頑張らせていただきたいです。