2012年7月 アーカイブ
7月
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地域に元気を う~のはまなす商店街

更新が大変遅くなり申し訳ありません。

私は約三週間岩手県で活動していました。前半は遠野まごころネットさんにお世話になり、陸前高田で杉の木の皮むき作業などをしていました。

後半は釜石市鵜住居地区にある仮設商店街「う~のはまなす商店街」の“あづまっぺカフェ”で活動をさせていただきました。

そこで私がお世話になっていたのがねおすさん。

自然と社会との心地よい関係(人・地域)づくりに貢献し、自然体験文化を育てていく北海道の「NPO法人 ねおす」のことです。

ねおすさんは震災後、釜石市鵜住居・箱崎・片岸・栗林・橋野地区を中心に支援活動を継続されています。

鵜住居地区にあるう~のはまなす商店街には、カフェ、花屋さん、パン屋さん、定食屋(酒屋)さん、商店さん、散髪屋さんと色々なお店が入っています。

写真1 う-のはまなす商店街

はまなす商店街には、北海道から来ているねおすの一員であり、商店街の裏で放課後こども教室を開いて子供達に勉強や遊びを教える有原賢治さんという方がいます。(アリケンさんと呼ばれている)

私が鵜住居に入った一日目は、僕達を受け入れてくださったアリケンさんが、この地域はどういう所か、どういう被害があったのか知ってもらわなきゃ意味がないということで、ボランティアのためのボランティアツアーに連れて行ってくれました。

まず、釜石地域の震災前後の様子をYoutubeの映像で見たあと、それと同じコースをワゴン車「ディズニー号」でまわりました。

写真2

写真2は途中に休憩で寄った大槌にある、大型のショッピングモール「マスト」です。

中のお店の店員さんに聞いたところ、このマストは被災後約9カ月で運営再開したそうです。この時期はまだスーパーと言われるほどのお店はまだなかったようです。この状況下で再開できたのは、町民が要望書を集め県に提出し、早期再開が決定されたからだそうです。生活用品、食材、衣類など幅広く取り扱うマストは団体のお客様、老人ホームの方々など多くの人が助かっています。しかしその反面、震災一年後くらいからは仮設の商店街などが各地域ででき、その小規模のお店からすれば大型のスーパーなどに客が集まり苦労することになります。

写真3 三陸の奇跡 釜石東中学校と鵜住居小学校

写真3の小学校と中学校には津波が校舎の三階まで達しました。地震発生後、中学校職員・生徒がすぐさま避難、それを見た小学校の職員・生徒も避難。まさに避難が避難を呼びかけた「三陸の奇跡」。その日学校を欠席・早退した生徒は助からなかったそうです…。

さらに避難した彼らは六日前に開通したばかりの高速道路「釜石山田道路」に辿り着きました。そこをたまたま通った数台のトラックに乗り込み、市内の体育館に避難することができたそうです。この道路は後に「命の道路」とよばれるようになりました。

このボラツアーの途中にアリケンさんが、「阪神・淡路の時は今回よりも早く次の建設、土地利用と進んでいったが、この東北の津波の爪痕は現在進行形で継続的に見ることができる。その一つ一つの瞬間をできるだけ多くの人たちに見てほしい」と言っていました。

私は震災が発生して間もないころの状況をテレビや新聞で読み聞きしていました。実際東北に入ったのが、震災から半年後に宮城、そして11ヵ月後に岩手です。確かに瓦礫の多さや道路などは良くなっています。でも仕事が失った人、仮設での生活、被災地域の土地利用など、命は助かったがその後の経済面、おもに生活していく上での問題が浮き彫りになってきました。私達が生きている間に東日本大震災規模の地震・津波が全国どこで何時起こるかわかりません。今の東北の復旧・復興過程を見て聞いて感じることはとても重要だと思います。

ここで「う~のはまなす商店街」のお店の運営状況、またお店が抱えている問題など聞き取り調査したことをかいていきます。

まず僕が主に活動させていただいた、「あづまっぺカフェ」。

地元の“山のお母さん”達と、アリケンさんと同じく北海道から来て修行しているJOYさんこと柏崎未来さんが運営しています。

このカフェは店内のメニューはもちろん、店外(商店街内)からのメニューも注文し、カフェ内で食すことができます。

毎週水曜日は「峠の茶屋」として山のお母さん達が地元の山菜を使う郷土料理を出しています。

看板メニューであるあづまっぺ弁当は目でも舌でも満足でき大変人気です!

一方で接客する店員がボランティアで、長期休暇を利用して来る学生ボランティアが主に来ているが春休み後はボランティアが激減して運営がとても難しくなったりと不安定な一面も抱えています。

次にパン屋の「あんでるせん」さん。

写真4 あんでるせんのお父さんとお母さん

ふわふわでめっちゃ美味しいパンで、休憩で寄るボランティアや工事の人たちに人気のパン屋さんです。特にフランクドーナツは男性にもってこいで即完売必至です!!!

僕のようなボランティアからすれば人気があって問題なさそう。と思ってしまいがちですが、津波によって機械が流されて、作ることのできるパンの種類が限られているのです。

以前常連だったお客さんも被災し、各地離れたバラバラの仮設住宅に行ってしまいました。

雇用しようにも先の見えない不安定な状況であるため新たに従業員を雇えないというのが現状です。

食材、菓子類を販売している寺前商店ののり子さんは将来への不安から商売を続けるか迷っていると言っていました。「津波に家も流されて、店も辞めたら逃げている。まだ小さいお子さんが三人もおり、その子たちのために頑張らないといけない。それに故郷を捨てていいのか。」という考えと、「また来るかもしれない津波に対する不安」という中での葛藤。でも、苦しいのは自分だけでなく、周りには自分より苦しんでいる人はたくさんいる。命があった自分たちは頑張らないと過去には戻れない、今はできることをやるしかない。と奮闘しています。

商店街で様々なイベントを行うに当たって、近にあるいくつかの仮設住宅にポスティングを一緒にしました。

私自身初めて仮設住宅に行ったのですが、なんというか明るい人と、閉じこもってしまっている人の差に衝撃を受けました。新潟の中越地震の際は、集落ごとで同じ仮設にはいることがわりと多く、仮設でのコミュニティづくりにあまり苦労しなかったと聞きました。今回の震災の場合は、本当にバラバラに仮設に入り、コミュニティづくりに苦労しているそうです。全員が閉じこもっているわけでなく、僕がポスティングしにあいさつに行くと、外にまで出てきてくれて、「大変やね~ありがとうね~」って明るく声をかけてくれる人もいっぱいいました。でも一部の人は、玄関が二重になっているのですが、外側はのれんなどで完全に見えないようになっており、中に入ると、酒やゴミでいっぱいで、臭いも正直きつい状態でした。ではなぜ閉じこもっているのか。それぞれ仕事を失った人や、近隣とコミュニケーションをとるのが苦手など理由は様々あると思います。

でも地域の人の元気なくして地域の復興はありえない!このような人たちにもぜひ商店街に来てもらえるように、商店街の人とボランティアが協力して様々なイベントを考えています!!ボランティアが主役ではなく、地域の人たちが主役でその人たちに、自分たちを必要としている、やらなきゃいけないという役割を与えることができるようなイベントを考えないといけないと思いました。

私の活動期間中に震災から一年を迎える前日2012.3.10に商店街ではキャンドルナイトイベントを行いました。私たちはねおすの方々と一緒にその準備に取り掛かってていて、震災一年を迎えるにあたり、地域の人々が集まりそれぞれが考え、話す場を提供するということを目的としました。そこで、静かすぎず、だからといって祭りのようににぎやかなものにもならないよう色々苦労しました。そこで実施されたのがキャンドルイベントでした。

写真5 キャンドルイベント

このキャンドルイベントは規模は決して大きくはないですが、来てくれた方一人ひとりがキャンドルグラスを置き、それぞれの想いを心に祈っている姿を見て、このイベントを行って良かったと思いました。静かに祈った後は、みなさん当時のことや今の様子などを互いに話し合っていました。

ちなみにこのイベントに使用されたキャンドルグラスを提供してくださったのは北海道のサッポロビールさん!200~300個ものキャンドルグラスを提供してくれました!!企業も何らかの形で支援してくれていることに感謝!!です。

僕は約三週間岩手で活動しましたが、関西でたまに見る東北の「様子」と実際に自分の目でみる東北の「現状」は全く違いました。僕は地震のこと、津波のことなどまだまだ勉強不足で難しくわからないことも多いですが、東北の人たちは本当に純粋に、日本全国からきてくれるボランティアでも観光の人でも、とにかく来てくれることにすごく力をもらい喜んでくれます。それだけはわかります。

ボランティアの需要も当時に比べると確かに減っては来ていますが、ボランティアの形態も変わりつつ、まだ需要はあります。震災当初は主に瓦礫の撤去作業、私が東北に行った時期は冬だったので雪かきなど季節によっても変わります。今は瓦礫撤去作業は無いと思われがちですが、機械などでは撤去し切る事ができない細かく小さなゴミや瓦礫を撤去するボランティアもあります。また、各地で色んなお店ができてきて、様々なイベントがありそのお手伝いのボランティアもあります。長期休暇を利用してでも、ちょっとした旅行でもとにかく自分の目で一度現地を見てほしいです。