4月
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被災の手当はだれに必要なのか

Category 遠野班     Tags
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東日本大震災の影響で失業してしまった人への失業手当。

一口に「失業」といっても、その中には家族を養うために絶対に働かなければならない状況にある人、お小遣い稼ぎのようにパートに出ていた人も含まれています。その前者、後者ともに失業保険の対象となっています。

「震災の影響で『何人』の失業者が出ています」という情報がメディアで流されていますが、本当に困っている人はそのうち「何%」の人でしょうか。

 

東日本大震災によって自宅が全壊してしまった人への手当て「150万円」。

この金額は安いと感じるでしょうか。それとも十分だと感じるでしょうか。これは「自宅」が全壊した人への手当ての金額です。立派な一戸建てを構えていた人も、小さなアパートを借りていた人も、岩手県の生活再建支援法では全壊世帯に対して100万円が支給され、その後賃貸住宅に暮らしている人に対してはさらに50万円が追加支給されます。このように一律に扱われる理由は、この制度が損失を補償する制度ではなく、「居住安定」つまり、住まいを失ったということに関して、住まいをあらたに確保するための支援という位置づけだからです。一戸建てを構えていた人にとっては、その金額に対しても、金額が一律であることに対しても不満がたまっています。

 

3月8日に岩手県大船渡市にある「有限会社ラボ・オーフナト」の工場長の星拓也さんにお話を伺いました。星さんは、もともと被災前は陸前高田市で縫製工場の経営をされていたのですが、工場が津波の被害にあい全壊してしまい、紆余曲折を経て現在の職に就かれました。

 有限会社ラボ・オーフナトのみなさん。向かって一番左が星さん。

 

2011年3月11日、星さんは、製品の納品のため会社のある陸前高田市から宮城県に車で向かっている道中に、地震に遭いました。異変を感じた星さんは自分の工場に引き返すことにしました。普段使う海沿いのルートは道路が封鎖されていたため、内陸のルートに変更しましたが、工場に戻ることを諦め途中にある自宅に一旦戻りました。そこで、陸前高田市にも津波の被害が出ていることを知りました。ただその時は「ひどくても床上浸水しているくらいだろう。機械は無事だろうか。」と考えていたそうです。

次の日の朝、山を越えていくルートに変更して陸前高田に向かいました。そして、従業員の安否を確認するため各地の避難所を奔走し、2週間かけて全従業員26名中24名の無事を確認できました。しかし、残念ながら後に2名が犠牲になってしまったことを知りました。また、会社には地震から4日後に行きましたが、基礎とポーチを残して床から上がすべて流されてしまっていました。

避難所にいる限り食料などには困らないと考えた星さんは、会社の従業員は全員女性であることも考慮して、「必需品だが優先順位が一番後回しになってしまうだろう」と考えられるもの、ハンドクリームやリップクリームなど軽い化粧品類を従業員のためにたくさん買って届けました。東京や香港や韓国の子会社からもたくさんの支援物資が送られてきて、星さんが各避難所に配りました。

 

自身も被災者でありながら、他の多くの被災者の支援にもまわられた星さんは、失業手当に対して疑問を持たれています。

手当ての金額が元々の給料より多いことや、病院や薬にかかる費用の無償化や、手当の期間が延長されることなどから、働く必要がないと考えてしまう人が多く出てきてしまい、働く人口がなかなか増えません。働く人口が増えないとまちの復旧・復興はかないません。まちが復興しないと職の口は増えず、人口が流出して過疎化が進み、まちが死んでいってしまうという悪循環に陥ります。そこで星さんは、手当ての待遇を見直し、一人ひとりに合った保障をすることが必要だと言っておられました。

また、行政の一律の対応は働ける人の就業を妨げている可能性もあります。働くことが難しい高齢者と、20代の若者の待遇が一緒だと、この若者に対しては対応が厚すぎると考えられます。

 

人それぞれに、おかれた状況は違うのです。

すべての人に一律な対応をすることは、一見平等であるように見えますが、それは公平ではないように思います。そうかと言って、このような大災害の何万人単位の被災者に対して一人ひとりに個別の対応をすることはできないですから、せめてもう少し括りを細分化するべきです。たとえば、生活再建支援法での「住まいをあらたに確保するための支援」という名目で支給される金額は、震災で0の状態になった人が1からスタートすることに対しての一律の保障ですが、元々の生活水準が違うのですから、よりよい生活をしていた人が不公平に感じてしまうのは当たり前のことです。「一戸建てを持つとバカを見るから賃貸に住みなさい」とローンを払い終えたマイホームで暮らしていた被災者の方に勧められた時には、その気持ちは察するに余りあると感じました。もとの住まいを考慮に入れた保障をすべきです。

 

政府は、不公平だと被災者が感じてしまうような対応を減らし、気持ちの面でも「また立ち上がろう」と思えるような保障を新たに打ち出すべきです。経済的な面でも、就業を促し、また雇用を増やす方策が必要です。

保障が手厚すぎても手薄すぎても、復旧・復興の妨げになるということを学びました。

2 コメント “被災の手当はだれに必要なのか”

  • 前原 慎吾 2012年4月8日 12:14 AM

    すべての人に一律な保証は公平だと思っていましたが、このような視点から今の保証は不公平だと考えることが出来るのは、被災者の人だからだと思いました。確かに星さんの意見はとても重要だと思いますが、やはり皆さん被災したのですから、1人1人の保証の待遇が異なるとどうしても不公平だと感じてしまいます。これからはこういった保証制度も考え直さなければなりませんね。

  • 西村弘 2012年4月12日 12:59 PM

     良い矛盾に気づきましたね。平井さんの言うように、「すべての人に一律な対応をすることは、一見平等であるように見えますが、それは(必ずしも)公平ではないように思われる」一方で、前原君のコメントのように、「皆さん被災したのですから、1人1人の保証の待遇が異なるとどうしても不公平だと感じてしま」う状況もある。では、どうしたら良いのでしょうか。
     この問題は、「行政はどこまで差別的対応をすることが許されるか」という問題でもあります。若者と高齢者とで手当に差をつけたほうが良くはないか、以前働いていた時の給料に応じて失業手当を支給すべきではないか、一戸建てに住んでいた人とそうでない人とで支給額に差をつけてはどうか、等々
     「差別」というと、無条件に、「してはいけないもの」と教えられてきたかもしれません。実際、理不尽な差別は許されてはなりません。しかし、逆に言えば、道理に適った差別はしてもよいし、事実、存在しています。
     最初に差別を次のように定義しておきましょう。差別とは、ある基準に基づいて処遇に差を設けること、です。とすると、「ある基準」の妥当性が問題になります。男女の違いや肌の色によって差別することは妥当性がない、とされます。しかし、皆さんは学力の差によって大学への入学を許可されているように、この場合の学力差別は一般に妥当な差別と認められています。年齢によって選挙権に差があったり、労働者に定年制があったりもします。
     もちろんこれらは、社会が認める・認めないを決めることですから、社会が違えば、異なる結論になることもあります。アメリカでは、定年制は年齢差別にあたるとされたり、人種差別是正のために学力差別を一定程度緩和する措置(学力が低くても入学させる)を取ったりしてきました。
     問題は、政府の取りうる措置でしたね。一般に、租税にもとづく公共サービスは、納税の有無によってその利用から排除されないという性格をもちます。これを一般報償性原理と言います。税金を払っていない人の家だからといって、火事を消さないなどということはないのです。反対に、市場経済においては支払った人だけが利益を受け、そうでない人は財やサービスの恩恵を受けることができません。これを個別報償性原理と言います。
     今回の「被災の手当」の問題は、原則として一般報償性原理にもとづいてなされるべき公共サービスをどの程度までなら、また、どのような目的のためなら、妥当性があるとして差別を導入して良いと認められるか、ということになりますね。難しい問題です。一切やってはいけないとも、どんどんやっていいとも言えません。けれども、より良くなるために一歩踏み出すための工夫なら可能かもしれません。現実に見られた矛盾を、少しでも緩和するためにはどうしたら良いか。考えて見る価値のある、興味深い問題ですね。みんなで考えていきましょう。