3月
11

復興が終わる日

Category 遠野班     Tags
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この日東日本大震災が発生してからちょうど一年がたちました。

この日僕は釜石市箱崎町にある学校のグラウンドの清掃作業に参加しました。海に近いこともありグラウンドにはかつて使われていたことであろう陶器の破片、ガラス、赤レンガ、木材、排水管の一部分などがグラウンドの上に転がっていたり埋まっていたりしていました。今回の活動はこれらを可燃物、金属、ガラス、赤レンガ、コンクリートに分別をして集めます。震災から一年の節目の年でもあり活動に参加している人の数もいつもより多かったような気がします。
清掃中に集めている瓦礫などを見ていると防波堤の一部と思われるコンクリートの塊が転がっていたり、津波の力を再認識させられるものがあちらこちらに見受けられることができました。 そしてこの日、作業自体は14時ごろに終了しました。 その後、地震の発生した14時46分に今回の震災で亡くなった方々に黙とうを捧げました。

津波によって倒された防波堤。

津波によって倒された防波堤防波堤

右端の車で防波堤の大きさが分かると思います。

津波によって流された宅地跡

津波によって流された宅地跡住宅地

活動を終えて遠野市に戻ったあと、住民の方のお話を聞くことができました。その方は「震災から一年がたったが、当時に比べて報道の数が減った。3月11日前後は多く報道されるがそれを終えるとまた報道の数が減る。」と仰っていましました。 震災から一年が経過しました。テレビなどの報道数も震災直後に比べて大きく減ってきました。東北から離れた地域で暮らしている人はテレビなどの情報でしか現地の様子を知ることができません。その報道では比較的復興の進んでいる所を取り上げることが多いです。

確かに仮設商店街など復興の兆しとなる施設ができてきています。しかしその報道だけを見るとどうしても復興が進んでいるのだと認識してしまいます。津波で流された住宅の跡地の清掃は人数にもよりますが一日に1軒~2軒が限界でした。この他にも海水で鉄筋が錆びてしまった建物の錆び取りや、カキ養殖のいかだつくりのお手伝いなど復興に向けてしなければならないことはまだまだあります。 震災が発生した当初よりメディアによる報道が減り、東北への関心も当初よりは低くなっていると思います。震災から一年を迎え瓦礫の問題、原発の問題など、復興に向けて自分達に何ができるのかを改めて考え直すべきではないかと思いました。

最後になりましたが復興とは何なのでしょうか?自分が思うにそれは現地の人たちが決めることだと思います。復興の意味は『いったん衰えたものが、再びもとの盛んな状態に返ること。』あります。震災前、現地の方々がどのような生活をしていたかは僕たちには分かりません。再びもとの盛んな状態になったかはその地域に暮らしている人にしか実感できないと思います。その地域に住む方々がそう実感できる日まで復興作業は続くのだと思いました。

大槌町の仮設商店街のお店

大槌町の仮設商店街のお店たこ焼き

1 コメント “復興が終わる日”

  • taniguchi 2012年4月2日 8:33 PM

    題名にしている復興とは何か?というのは、実際に被災地に行くと考えさせられる問題だと思います。日本中で復興の応援をしていますが、実際の復興に協力している人というのはごく一部だと思います。現地にいけない人の復興への支援と実際の復興の進行状況がお互いにわかるようなシステムがあればよいですね。