3月
15

岩手ブログ

Category 遠野班     Tags
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この日は山里ネットさんにお世話になり、津波が起きたときのお話を釜石市の唐丹町の大曽根という仮設住宅に入られているお二人の女性に聞かせて頂きていました。 この方々は「人によって感じ方は違うと思うが、震災が起きたのが岩手、東北で良かった。」とおっしゃいました。自分の家が流されたにも関わらずにです。

 

岩手で良かった、だけでは聞こえが悪いですが、こうお二人がおっしゃったのには理由があります。東京、大阪でこの規模の震災が起これば、日本の社会や経済は動かなくなるし、死傷者はもっと多かったであろうというのです。

 

みなさんは自分の家が無くなり、親戚が亡くなってもそう言えるでしょうか? 私はこの話を聞いた時、背筋が凍りました。正直なんと返していいかもわからなかったですが、笑いながら、話していただいたのでなぜだか、私が元気をもらいました。そして、こんなに津波に被害に合ったにも関わらず、こうおっしゃいました。

「私たち岩手の人間は海の幸によってここまで大きく成長させていただいた。 なので、海を憎もうとも、思わない。」

 

私は正直、海のことを憎く思いました。ここまで愛されているにも関わらずなぜ津波という形で人を襲うのかと。そして、私は普段、普通に食べている食物に対してそこまで感謝をしているかな?と、情けなくも思いました。

写真1を見てください。

写真1:唐丹町の小白浜漁港の堤防の被害

これは、仮設に行く途中に唐丹町の小白砂漁港によってもらい堤防をみせてもらった時に撮った写真です。この写真では伝わらないと思いますがとにかく見上げるぐらいでかい堤防がたおれているのです。この堤防を襲った津波がどれほどのものだったかを物語っています。

 

写真2は、高台から堤防と、その内陸部を撮った写真です。


写真:2高台から見下ろした小白浜漁港の堤防

この堤防の内側には民家がたくさんありました。この堤防をなぎ倒し民家までさらっていく津波。これは現地に行った私でも、想像するのが難しいぐらいです。

お話によると、津波が来たというよりは山が襲ってきたという感じだったらしいです。  しかし、こうした巨大な津波にも関わらず、近場の小学校のなどでは普段から、避難訓練をしていたおかげで助かったとのことです。私自身は小学生の時避難訓練をバカにし真面目にやった記憶は一度もありません。それより、避難訓練なんていらない。と思っていました。しかし、今回はこの避難訓練のおかげで生徒が全員助かったのです。それを聞いた時、また私は、自分が情けなくなりました。このとき始めて避難訓練の大切を知ったといっても過言ではないです。

 

私はこの震災の現場を生で見るのは初めてで、テレビで見たことしかありませんでした。

正直、大阪にいるときは、なめていました。津波がここまでおそろしいとは。

ここまで私達人間の物全てを奪っていった姿は、まるでブラックホールのようでした。

 

この感情は被災地に行かなければ、正直わかりません。 本当に、この現場を見ると言葉がでないのです。みなさんも一回行ってみてください。 これから、これまでの、人生観が変わると思います。

 

そして、行くことにより、あなたは復興の手助けになります。ぜひ、足を運んでください。自分の中の何かが変わります。

 

1 コメント “岩手ブログ”

  • taniguchi 2012年3月28日 10:59 PM

    海を毎日見ていた被災者の方にとって、津波という恐ろしいものを目にした上で、今どう映っているのか、どう思っているのか、気になるところですね。ガレキ撤去のボランティアに行った際、住宅地跡から見る海はキラキラしていて本当にきれいに見えました。お話を伺った二人の女性の場合は、海を憎まなかったようですが、実際にはいろんな考えの人がいるように思います。これからの岩手も海の力を借りて成長していけたら良いなと思います。